2001年12月29日

夫から言われた言葉



この間、夫と話をしていて、ガーンという一言をいわれたの。
あんまり覚えていないのだけれど

「おまえは確かに優しいよ。仕事もがんばっている。
だけど、自分の得意ではない分野でも、戦っているか?
逃げないでモラルを守っているか?」
「確かに日本の政治家は、どうしようもないよ。
だけどあいつらだって、自分の得意な分野ではモラルを守っているんだよ。
みんなそうなんだよ。だけど、自分の得意でない分野で、戦い、
モラルを守っている人間は、なかなかいないんだよ。」

ゴメンね。ちゃんと言葉を覚えていなくて。こんな感じの言葉。
まっ怒られたとも言える。

自分にとっては、

自分の得意でない分野で、戦おうとしない、モラルを守ろうとしていない
逃げちゃってる自分はものすごく自覚があったので

ガ〜〜ン、って感じで
心の中で
「そうだよね。
うんそうだよね。
今まで、得意なところを伸ばせばいいと思っていた。
うんそうだよね。
私得意じゃないところは、若い頃から全然戦っていなくて
すぐ逃げちゃって、ザリガニのような人間で、
それが、仕事においても生活においても
いつもネックになっている。
そう、いつもそうなの。わかっていたんだけどやっぱり逃げてた。
やってみたら怖くないこともわかっているんだけど
だけどやっぱり怖くて逃げちゃってる。」

で、次の日、
朝子供を起こす時、
多分いつもと起こし方が違っていたんだと思うんだけど

息子が、さっと起きて、
自分で、さっさと準備したの。

あー、全部私の責任だったんだなーって感じた。

でもあれから数週間。

結局毎日いつもと同じ。

でもがんばろうっと。
ゆっくりね。

(平成13年12月29日)
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2001年12月26日

あいかわらず



あいかわらず、変です。
30代の女性は31、32、33才。36、37、38才が
厄年だそうです。
36、37、38才の件は今年のお正月に
初詣に行って、
神社の張り紙で知りました。

言われてみれば…、
すぐその気になる私は、
その場から、気分は厄年です。

女性の30代は、6年も厄年なの?
すごい発見です。(自分にとっては)

すぐその気になるからかもしれないけど

31、32、33才もつらかった。
生き方の根本まで悩みに悩んで。

で今の自分の原型が出来て

で36、37、38才、はけっこう行動しながら悩んで
(前回のは、自分の殻に閉じこもっていた。でも自分には必要と感じていた。)

今もけっこうつらいけど、新しい幕開けのつらさのような感じも
同時に感じでいる。

小さい頃から、いつも明日はきっといい日
と信じきっていて

私の周りの人は、

いつもそう言っているじゃない
と笑う。

狼少年がうそを言って信じてもらえなくなったように

結局私も、
希望に満ちすぎて
あまり、現実味がない。

いつも希望を語っているけど、

その時々によって
自分にとっては、基準になるものが違うので
全部、意味は違うのだけれど
他の人にとっては、いつも同じことを言っているってことだよね。

他人を余り気にしないので、
私自身は平気だけど、

まわりの人を混乱させちゃうことも多いんだ。ごめんね。

夫には不満はたくさんあるけれど
私より強くいてくれることだけは
(私に傷つかないでいてくれる)
心から感謝です。

私は存在することだけで、
多くの人をタジタジさせちゃうところがあるから。

(平成13年12月26日)
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2001年12月22日

性善説と性悪説



性善説と性悪説とで、あなたは何派?

前にも書いたかもしれないけれど
私は人間には全部あると考えています。

そしてその中から、その人が、意識的、無意識的にかかわらず
どう生きるか、選んでると。
私は、選択説です。

息子がよく泣いて怒るのです。
「怒らないで」というと
「怒ってないもん。泣いているんだもの。」

彼にはまだ、泣いて怒っている事が、
怒っているとは理解できないのです。

彼はとても自分勝手な性格で、
起きてしまったことを、(例えば時間が過ぎてしまったとか)
自分勝手によく怒っています。(対象はお母さんです)

私は、怒り方が、(ガミガミはするのですが)
彼にとってはかなり甘いようで、
私に対してだけ特にハチャメチャなわがままをぶつけてきます。
このどうしようもない彼の自分勝手な性格と
どう根気よく向き合って、
成長を援助するか、
悩みのたねです。(けっこう苦しいです)
でも、素直で優しいいい子です。(多くの時間は)

そんな彼に、時々、「怒ることも、あなたが自分で決めて怒っているんだよ。」
とも時々教えるのですが、
さて、理解はまだ無理でしょうね。

私自身も自分も大事ですので、
時々子育てを放棄してしまう自分も知っています。

本当、子育ては、滅私する(私心をなくす)覚悟と根気よさが必要です。

将来親になる人たち、覚悟しておいてね。
子供のいない間の生活を十分すぎるくらい楽しんだほうがいいよ。

何でこんな話になってしまったのか。トホホです。


(平成13年12月22日)
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2001年12月20日

混沌(こんとん)



混沌(こんとん)
(1)天地創造の神話で、天と地がまだ分かれず、まじり合っている状態。カオス。
(2)入りまじって区別がつかず、はっきりしないさま。

って辞書には書いてあるけど、多くの大人は、善も悪も全部混じりあうそんな状態
を表現する時に使っているよね。

ちょっとだけ復活。
1、2ヶ月
文が書けなかった。
伝えたいことは一杯あったし、
頭の中には、どんどんあふれていたけど、
忙しかったのもあるけど
多分、書きたくなかったんだと思う。

ここのところ、
この世っていうところは、あるいは
生きるってことは、

この混沌とした世の中の中で、
どう、悪と折り合って生きていくか
排除するわけではなく、戦うわけでもなく
どうバランスをとって共生していくかなんだろうな。

と強く感じてます。


かといってそれが自分に出来ていいるわけではなく。
やっぱり毎日が、葛藤。

素敵な、あこがれちゃう友人達も
「毎日が、葛藤だよ」
とおっしゃってた。

そうね、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく
善とか正解を語れる人は、たくさんいるよ。

でもそういう人たちは、私には怖く見える。

こういう弱っている時は、
葛藤の末に、
謙虚な思いやりを少しずつ出してくれる
人たちに
ものすごく救われている。

本当にありがとう。

馬鹿な私は、考えがすぐ飛躍しちゃて

何を聞いても、何を見ても、何を読んでも
全部、

「結局、全部が正しいんだよね」
「結局、全部が必要なんだよね」

落ち着いちゃう。

まとまりのない文でごめんなさい。

多分この苦しみは、私の中の母性がもたらしているのでしょう。

(平成13年12月20日)
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2001年11月30日

スランプ


今スランプです。
前2回は多分1ヶ月ほど前に書いて送信の一歩手前まで行ったんだけど
どうしても送れなかった。

私は、力を抜く技術が発達しているので
どんな時でも、笑って仕事ができる。
どんな時でも、他人の前では平然とした明るい顔で生きている。

大変な時に、いつも、平然として、笑っていると、
家族(親兄弟)にも嫌われるものなんだ。

でも多分性分なんだろうね。

泣く時でさえ、なんとなく、うそ臭い、自分もいる。
うそ臭い自分にさえ正直でいたいと思う。

そういう人もいるんだと、わかって欲しい。

自分がこういう変な奴なので、みんなが他人に対して優しくあって欲しい。

私は弱虫なんだ。

多分、あのテロとはじまってしまった戦争とで
なんだかすごく傷ついているような気がする。

多分女性はみんな傷ついている。
そういうことに男も女もないけど
言っても仕方ないけど

自分を観察してみると
多分すごく傷ついて
どうしたらいいかわからなくて
途方にくれている自分がいる。

(平成13年11月30日)
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2001年10月20日

いいわけ




本を読みすぎている私は、いつしか

仕事は公(おおやけ)のもの、という感覚が身についた。

『私』を優先するか、『公』を優先するかは、
人それぞれだけど

私は『公』は別ものという感覚が育っていった。

だから、『私』を後回しにしがちで…。
かといってそれで何かいいことがあるかというと
そうでもなくて(長い眼で見れば、善のほうが断然得をしているけど)

まっ結局、自己満足という世界で、自分が満足できればそれでいいって感じで…。

で、感覚優先の私の仕事の仕方は、とにかく同時進行。
いくつもの仕事を同時進行させて、
どんな仕事にもある『待ち』の時間を利用して

(休憩というのは頭の回路を切り替えることと思っているから)

違う仕事をすることで、頭を常に休憩状態にして。

一つ一つの仕事が速いわけではなく
無駄な時間があまりないという仕事をしていると思う。
(根気だけはたくさんある。)

こういう仕事を続けてきたことで
走りながら考える。
違う仕事をしながら、頭の隙間で違う仕事を考える。
(微妙なことなんだけど多分やっていると思う)

で、次の仕事の時には、悩むことなくすぐ判断に入(はい)れる。

言葉にするとすごいことのようだけど

多分誰でもやろうと思えばやれることだと思う。
(ただ、仕事をすることが、損だと思う気持ちを卒業できない人が多い)

で、去年から、自分が望んだわけではないのに
ものすごく限界を超える忙しさの中に、身を投じる羽目になって。

案外、瞬発力があって、危機の時の動きは速いのだけれども
そんな危機状況は、普通はそれほど長く続くものでもなく。

普通は頭を休める時間なんて一杯あるんだけど

もうこの1年以上この走りながら仕事を進めても進めても
追いつけない状況が続いて、

少し前から、頭の中が混乱状況に陥っている。

でっ前に書いた、力を抜く手法を用いて
目先の仕事はちゃんとこなしてはいるんだけど

家に帰ると、どっと疲れて…。
頭の中は動きっぱなしで…。

よく奥様が夫が話を聞いてくれないと不満を持つんだけど、
私もそれと同じ不満をやっぱり持っているんだけど、
(自分の話は私に聞いてもらうくせに、私の話はつまらんといって聞いてくれない)

今は私自身がその夫の頭の中の状態と同じで…。

子供が話しかける。
子供の話のスピードはのろい。
聞いている間に、私の頭の中はどんどん動いて
ちゃんと聞く前に、あれやったか?これやったかにそっちに頭が行ってしまって。

子供は私の表情を見ているわけで
全部見抜かれているわけで
ごめんねと思うのだけど
本当にどうしようもなくて。

かといって、私が夫と同じ状態だから
夫に対して、仕方がないとあきらめてあげられるかというと
やっぱりいやなものはいやだったりして
人間は本当に自分勝手だなーと納得したり…。

それでも、苦しくても、子育ての責任は我が家では99%私(女)だから。

ちょっと言い訳を書いてしまいました。

女が働くってなんだろうと、時々考えてしまいます。

(平成13年10月20日)
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2001年09月27日

野口体操



高校生の時、ちょっと教えてもらった体操がある。
『野口体操』
やっぱり正式名は知らないし、たいしたことでもないのだけど。

体の力を、ダラ〜ンっと抜く体操。

体中の力を抜く。けっこう難しいよ。
部分的に抜く。 もっと難しいよ。

(この力を抜くというのは、女性のお産のときにもけっこう重要な能力なんだ。)

思考にも、これと同じだなーと思うことがしばしばある。

私は案外、観察力があって、
相手の心を見破ろうと思ったら、
瞬時に見破ってしまうことができることも多い。

でもしない。

相手に失礼だから。

自分がそうやって、見抜かれたらいやだから
自分がやられていやなことは人にしない。

そこで、私は、目先のことには力を抜く。
わざと鈍感になる。

だから私の思考は、政治や経済や
自分にとってはるか遠いことに自然に目が向く。

でもそれに慣れすぎて、

日常生活の私は、本当にただの馬鹿。
訓練がされなさ過ぎてる。

で、そんな自分(ちゃんとしていない自分)に、情けなくて、
自己嫌悪で、悲しい。

今けっこう落ち込んでる。


(平成13年9月27日)
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2001年09月25日

子育てに絡(から)めて



だいたい10年くらい前から、子育ての世界で言われ始めたことがある。

「本当におまえって子は、悪い子なんだから。」
「いつも、のろのろしないって言ってるでしょ?本当にのろまなんだから」
「そんなことばかり言ってると、うそつきになっちゃうよ」

多くのお母さんが、ついつい言ってしまう、お小言。

でもね、それの言葉が実は、
子供の無意識に対して

自分が育っていく目標として刻み付けられていく。

「そうか自分は悪い子なんだ」
「どうせのろまだから、仕方ないや」
「自分はうそつきになるんだ」

例えば、多動児。

正式名は知らないけれど、脳みその個性で、
自分の行動を、自分で制御しにくい子供。
最近は増えているんだって。

授業中に、奇声を上げたり、ふらふら動き回ったり。

そういう子供に対して、どう接するか。
怒ったって、脳みその個性なんだから仕方ない。

悪いことは悪いことだということを知らせるけれど、
「こういう風にできたらいいね」

と小さな目標を言葉で刻みつけることがいいらしい。

そしてできなかったときは、
「残念だったね。でもこんどは、きっとこういう風(具体的に)にできるよ」

できたときは、
「えらかったね。こういう風(具体的に)にできたね。先生すごくうれしい。
お母さんすごくうれしい。
次もこういう風(具体的に)にできるといいね。」

障害児も健常児も、育つスピードが違うだけで
それほど違わない。と思っている。

多分ね、世の中にあふれる言葉もそうなんだと思う。
週刊誌の見出し、読むたびに悲しくなる。


あれが悪いこれが悪い。
ネガティブな言葉ばかり。

この国は、けっこう悲しい。


(平成13年9月25日)
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2001年09月23日

考える



そう私は、ダラダラ考えている割には、たいして考えていない。
時々、ちょっと深く考えた時、

たまーに運動した時のように、脳みそが軽い筋肉痛のようになる。
けっこう心地よかったりする。

そうか、脳みそで考えることも、運動と同じようなものなんだ。
普段から動かさないと、さび付いちゃうんだ。

きっと脳みそを動かすと、ドーパミンだかアドレナリンだかが出てきて
やっぱり運動と同じように気持ちいいんだ。

だけど運動と同じように、脳みそを動かすこともめんどくさいんだ。

これからも、ダラダラ考えつづけ、
時々一生懸命に考えようっと。

でもね、若さの秘訣はお化粧品じゃなくて
身体を動かすことと、脳みそを動かすことと実は思っているよ。

でも、今、かなり運動不足。反省!

(平成13年9月23日)
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2001年09月21日

考えていない



「おまえは本当に何も考えていないな。ただの感覚だよ」
夫によく言われます。

「そうだよ。でもね、普通の人が深さ5cmのところを考えているとしたら
私は5.1cmのところを考えているんだよ(すごい人は20cmくらい?)」

自分が感覚で、ものを見ている自覚はあるの。
なんでもかんでも頭にいったん入れて、
後は、自由にまっすぐ生きる。
そうすると、たまにパッとひらめく。思いつく。

その代わり、その思いついたことが世の中とどうリンクするか、
検証しつづけるし、確認するよ。

そんなに自信慢々で生きるタイプじゃない。

やってみて、自分で納得してからでないと
人になんて話せない。
感覚で生きてるけど
それでも石橋をたたいて渡るタイプだよ。

5.6年前にひらめいたことがある。

『戦後50年は健全なる競争を学ぶ時代だった。
21世紀は協調を学ぶ時代なんだ』ってね。

それからそういう目で世の中を見ると

なるほどそうだね。

私はそう思って生きてるよ。

でも、女性って脳みそ全部で判断するみたいだから
パッとひらめいたことが一番正しさに近い答であることが
学生時代の答案用紙の頃から多かった。
見直して手直しするといつも間違う。


(平成13年9月21日)
posted by ひいらぎ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中を言葉にしてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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